読書中に常に考えさせ続けられました。すごい本です。『日本再興戦略』  落合陽一 感想やら書評やら

2018年02月07日

人の気持ちがわからなすぎて、忖度(そんたく)が読めませんでした。どうも、働きたくない東大生です。


今回の記事は落合陽一さんの『日本再興戦略』についてです。



全体を通して、落合陽一さんは漢字をめっちゃ大事にしてます。て言うか、日本語を、ですね。


最近の教育では、英語ばかりが身について、発信する内容がないのに英語だけできる、みたいな人がたくさん生まれてしまうので、日本語の方をまずやるべきである、ということです。


僕も高校の頃通っていた塾の先生が同じことを言っていました。


「外国語が母国語よりできるわけないですからね。まず日本語ちゃんとできてくださいね。」


と。いやあ、いい先生だったなあ。


とまあ、昔の思い出に浸ってました。


章は全部で7。


  1. 欧米とは何か
  2. 日本とは何か
  3. テクノロジーは世界をどう変えるか
  4. 日本再興のグランドデザイン
  5. 政治
  6. 教育
  7. 会社・仕事・コミュニティ


です。


あ、「はじめに」と「おわりに」もあります。


各章で言ってたことをザックリとだけまとめます。この部分だけ読めばなんとなく全体の構造がわかるようになると良いな。



  1. これまでベンチマークとしていた欧米は実在しない存在であったので、議論が進まなかった。議論を進めるためには、実在する国家という、より小さなベンチマークを置くことが必要になってくる。他国に対する甘美な幻想を捨てて、他国の実情を見ましょう、ということです。
  2. 日本のこれまでの制度や価値観についてを眺めつつ、現在どのような歪みが起こってしまっているのか、ということについてまとめてあります。本来あるべき人間の姿からどのようにずれているのか、ってことですね。現代日本の問題の原因を探っていく試みです。
  3. 最先端技術がこれから実生活にどういった影響を与えていくかということを専門家の視線から書いているので、夢が広がりまくりです。
  4. 日本のこれからについて、今ある日本の強みを生かしてどういった方針をとるべきなのか、ということを一貫して言っています。
  5. これまでとこれからの政治のあり方についてです。
  6. 時代の変革は教育から始まるから、早く教育システムを変えていこう!ってことでした。
  7. これからの世界での働き方をまとめてくれています。


て感じでした。


さて、では各章について詳細にみていきます。まじで長いです。ごめんなさい。


なので、ここから先は読みたい人だけどうぞ。


「短くまとめられないのは頭が悪いからだよ!」とかやめて!!!!!






1.欧米とは何か


そもそも日本がこれまでベンチマークにしてきた欧米っていうものが実はそもそも存在していない、というところから話が始まります。


アメリカとヨーロッパは文化的にも地理的にも違いますからね。


欧(ヨーロッパ) + 米(アメリカ)って言うのは、存在しないユートピアなのです。


ベンチマークは国家単位で語るべきだったのです。ちょっと欧米っていうと、大きすぎてふわふわしてしまいますし。


また、ベンチマークとするなら時代も明確に決めた方がいいみたいです。具体性はかなり強く意識しています。


ベンチマークがふわふわしてると議論もふわふわしてしまいますからね。


で、欧米とか大きい概念を使っているせいもあり、現在の日本は諸外国のシステムを継ぎ接ぎで作っちゃったからひずみができています。


時代の変化でいいとこどりだったはずのものが、悪いとこどりになってしまっているらしいです。


まあでもそれは感じますね。法律も法律ごとに根本にある思想の潮流が違うわけですから、解釈が変わってくるのも当然です。


大切なのは、日本の適性に合わせてとるべき方法を変えること。


真似すべきところは真似して、そうすべきでないところは真似しない。


ただ、それについて感じた疑問があります。かつて19世紀末の清朝では、中体西用という考えのもとで改革をしようとした結果、実際には改革が進まずに、西洋諸国に分割されてしまった、という過去があります。


中体西用というのは、中国の体制や思考方法を用いるまま、実用の面では西洋の技術を用いる、という考え方です。


これは落合陽一さんの言っている思想に近いのではないか、と思います。


しかしこれだと変化スピードが遅く、より進んだ国に食い物にされてしまうのでは?と感じました。


実際に清朝はそうなりましたしね。


さて、その後は個人の話になります。


現代社会では、西洋近代において支配的であった、個人主義の限界が出てきます。


人間個人の権利の最大化を志向すると部分と全体の間が埋まらないんです。


そうすると、個々の嗜好にとっての最適解が実行されることがほとんどありません。


誰が総理になっても一緒でしょ、みたいな考え方はこれです。


それに対して落合陽一さんは、判断の基準を個人からコミュニティに移すことを提案します。


そうすれば、コミュニティの利益がどうすれば最適化できるかは想像できるし、より良い方向に進むようになります。


この章より出てきて、ずっと語られることがあります。


「ワークライフバランス」から「ワークアズライフ」への転向です。


生活の中に無理なく仕事を組み込むようにして、その両者を分断しない、という考え方です。


生活と労働をわけることによって2つの間に差を生まなければならなくります。


そうすると、労働にマイナスの側面を渡すことになり、結果的にわけたことによってかえって分断以前には意識しなかったマイナスを意識することとなり、幸福度が下がってしまいます。


ストレスとかね。


「仕事は辛いことの連続」「仕事は我慢するもの」といった、仕事のに関するネガティブな発想は、この、生活の中から労働を分断したことで生まれています。


楽しいこと=労働となるようにするべきなのであって、ただ労働時間を減らして余暇の時間を作り出すということは、発想として間違っているのです。


これに伴って必ず必要となってくるのが、複数のコミュニティに所属し、一つのコミュニティへの依存度を減らすことです。


昔から続いている、ムラの考え方は閉鎖的すぎます。


現代だとオープンにできるんだからオープンにした方がいいです。


過度に閉鎖的だと構成員のムラに対する依存と負担が大きくなり、最悪過労死してしまいます。


オープンコミュニティがないのに個人化の性向が強いとコミュニティの複数所属による浅く広い関係とかも作れないから、帰って孤独感がすごい。


そもそも日本は考え方的に自然状態に重きを置いてきていて、目標達成型で生きてきた文化が少ないはずなんですよね。


道の考え方とかがそうです。


道っていうのは、説明が難しいものなんですが、道徳の「道」だと思ってもらっていいです。あるべき姿みたいな。


天の道、人の道、みたいな。(人の道は選べたはずなんだけども。)


で、この道ってものはよくわからないものなんですよね。簡単にはわからない。まあ、人によってその捉え方も違うんですけど。


伊藤仁斎はわかりやすいものだとしてましたね。ですが、他の人は大体理解が難しいものと捉えていました。


そういったものを理解をするための修行、そしてそれより得られる身体知を重視しました。


「気」の考え方とかもそうだよね。


で、ここからわかるんですけど


わかってる人がわかりやすくおしえろや!というのが西洋。わかんねぇならお前ががんばれ!というのが東洋です。


この姿勢って職人さんとかそうですよね。


「技は見て盗め」みたいな。


そうすると、そういった社会の中で生きてきた人たちにとって、ITのスピード感と日本の特徴の身体知が相反します。


だから、日本の中でのIT企業で早く大きくなろうとした堀江さんとかは潰されてしまいました。


でもその一方で、他の国のスタンダードをそのまま受容する文化はあるから、AmazonとかFacebookが入ってきています。


その分、国産の産業が淘汰されていった。mixiがその例としてあげられています。


学ぶものの取捨選択が必要なんですね、本当は。




この章全体を通して伝えていたことは、これまでベンチマークとしていた欧米は実在しない存在であったので、議論が進まなかった。


議論を進めるためには、実在する国家という、より小さなベンチマークを置くことが必要になってくる。


他国に対する甘美な幻想を捨てて、他国の実情を見ましょう、ということです。




2.日本とは何か


この章では、日本という国がどういった歴史的ルーツを持っているか、ということに注目した議論が行われます。


まずは制度という面について触れられます。


日本は現代の基盤となる、土地の私有化の許可の仕組みを743年にすでに作っており、そのとうち構造が変わっていないということがザックリと説明されます。


この部分は、まあそうだよね、って感じでした。


そして、国というものを語る時に絶対に外してはならないのが、宗教の話題について。


なぜか現代の日本では宗教の話題がかなりタブー視されています。


「私は何を信じています」というのは、その宗教を知ればひいてはその人自体の信用にもなると思います。


生きていれば絶対に価値観が生まれてくるし、宗教を信仰していればその価値観には確実に大きな影響を与えているはずです。


そういう意味で、宗教や信仰の話題はバンバンした方がいいと僕は思っています。


まあ日本では新興宗教の強引な勧誘や信者に課される重いノルマや罰など、宗教に対するマイナスのイメージが強いのだと思います。


日本の宗教は、宗教というより営利法人なイメージがあるんですよね。


宗教の教祖が拝金主義というか、「お金」を信仰している。


それが現状ですよね。


さて、神との話について。西洋が神の克服をしようとしてたのに対して、日本は神を受け入れるよね、という主張です。


確かに。あるのが自然、て感じですかね、神は。


八百万とも言いますし、お米には七人の神様がいる、とかも言いますしね。


日本神話では、神に関して必ずしも善でもないですしね。


神とはすなわち、人知を超えた力である、ということです。


日本神話の中で重視されているのは、ありのままであること、と考えられます。心からきた欲求は何よりも優先されるのです。


ですから、神は存在している一方、人間にあまり干渉してきません。


てな感じで話が逸れましたね。


まあ、宗教自体が多神教で、天皇も神の一つである、という価値観にあったということがこの部分のメインの話です。


明治時代に入るまでは、日本人の中で一神教的な信仰がなく、絶対者というものの存在が考えられていなかったので、天皇という権威と為政者という権力が分立していたんですね。


西洋では教皇が権力を握り、聖俗双方のトップに立つという時代もあったのでそこで差異がありますね。


ちなみにですが、権威による支配は権力(実力)による支配より強いです。


前者は感覚による支配で、後者は法と罰による支配ですね。


「なんかすごい」という感覚に対して、人はなかなか逆らえません。カリスマができるというのは、そういうことです。


だから、日本では古来より天皇や貴族に求められていたのは和歌や能などの才(zae)でした。


そこで感覚的にすごい、と思わせることによってスムーズに支配していたのです。


でまあ、為政者は将軍になるわけですが、その将軍は天皇によって任命されるので、その地位を巡って戦国時代などを経たわけです。


その結果、徳川家康より始まる江戸幕府では地方分権的な幕藩体制が取られていました。


つまり、日本は地方分権と相性がいいってことですね。


いや、めっちゃ長くなりましたねすみません。


この話からの流れで、江戸時代の身分制の話です。


士農工商。この順位を見るとわかるのですが、「商」が最も地位が低いんですね。


それはそうです。今あるものを扱っているだけで、世の中に新しい価値を生み出しているわけではないですからね。


でも、今の日本では「商」偏重すぎますね。


でもまあ、これからは「商」の立場は弱くなっていくと思います。


「商」は、生産者と消費者の間での取引が複雑であったり困難であったりする場合には有用ですが、これから先、技術の発展にしたがって両者の間の取引は簡素に、楽になっていきます。


そうすると「商」の役割はどんどん奪われていくことになりますね。複雑な処理なんかは機械にやってもらえばいいですし。


でまあ、こんなんになってしまったのは、日本のマスメディアが打ち出した価値観のせいなんですよね。


クリエイターより「商」を扱う人たちに対して、地位が高いという価値観を徐々に刷り込まれていったのです。


ていうかまあ、「商」を扱う人は自分たちで必要なものとかが少ないんだから、それは利益率が高くて高給取りになりますよね。


で、そうやってマスメディアの作った価値観によってできてしまった歪な構造と、早い段階から人生を決めるカーストの破壊が起きた結果、日本にはクリエイティブな人間が生まれなくなったというわけです。


そして、こういった価値観が「普通」と見なされるようになり、日本は「普通中毒」とでもいうべき状態になってしまいます。


なんでこの価値観がそんなに支配的になったのか、っていうと、限定チャンネル制というテレビの地上波放送が限られていたことに原因があると落合陽一さんは考えています。


打ち出す側の情報統制が楽だったってことなんでしょうか。


僕はそれに加えて、テレビを見ることが当たり前だったことが大きいと思います。それについては以前の記事で書いているのでここでは一旦省略。


参考記事:映像娯楽とインフルエンサーの変化〜なぜテレビ出演者よりYouTuberが流行るのか?〜



さて、そういったメディアの洗脳の結果、日本は超拝金主義になります。


でも、日本の人って、お金を豪勢に使う金持ちに否定的で、ものすごくバッシングしますよね。


だから、「俺は拝金主義者じゃない!」みたいな声も聞こえてきそうなんですが


その態度自体が既に拝金主義を物語っています。


拝金主義じゃなかったらそんな意見は出てきません。お金を持っている人に対する嫉妬でしかありません。


だってそうでしょ。よく考えたらお金持ちにはお金を使ってもらえばもらうほどいいんだから。


その方が当然経済も回りますからね。


だから、お金持ちに対して「清貧でいろ」というのは、むしろ嫉妬から自分たちの首を絞めて回っているようなものなんですね。


そんな感じに歪んだ拝金主義がいきすぎて、日本は価値を中心としたパラダイムに戻れなくなってしまった、と落合陽一さんは言います。


そこまで培ってきた文化がマスメディアに破壊されたためものづくりへのリスペクトがなくなってしまいました。


だから、日本では芸術家や博士に対するリスペクトがない。


最近話題になっていますよね。研究者の給料が少ないという問題と、それに対する意見。


「好きなことやってるんだから給料なんか低くても当たり前だろ。」


さすがにこれは価値を生み出す人に対しての発言ではありません。


価値を生むのではなく、今ある価値を操作して利益を得るような商売ばかり流行る。


その結果、今日本は他国の作った価値に乗っかって生きることを余儀なくされています。


Appleのパソコンとスマホを使い、Googleにアクセスし、amazonでものを買う。


そんな状態にしてしまったのですね。



この章では、全体を通して日本のこれまでの制度や価値観についてを眺めつつ、現在どのような歪みが起こってしまっているのか、ということについてまとめてあります。


本来あるべき人間の姿からどのようにずれているのか、ってことですね。現代日本の問題の原因を探っていく試みです。




3.テクノロジーは世界をどう変えるか


この章では、かなりワクワクする内容が語られていますね。


まずは、IT技術による自動化で、コンビニとかきえてくんじゃね?っていう話です。


まず、自分の家にいるときに配送サービスを頼むこと。これによって、外に出る機会が減っていきます。


現在は人手がかかるため、割高なサービスですが、自動運転の実用化ができればより安くすみます。


このような自動運転の発展もあるし、都心に住むメリットは薄れるかもしれません。


自動運転のすごいところはそのまんまです。自動で移動すること。これマジですごくないですか。


移動すると環境が必ず変わりますよね。


だから人間がいる限り移動の価値は高い。


むしろ、高くなるかもしれません。


僕の理想はみんなが自動運転の移動モービルに住んで固定された家ってものがなくなることです。


農耕の発展によってできた定住という考え方がなくなる。


狩猟生活の時と同じようになる。


買い物とかも自動運転のスーパーと待ち合わせして買うとか素敵じゃないですか?


そういう時代になってくれたら多分、住んでいる車の外見とかで個性を出したくなると思います。


だから、車の改造パーツが売れやすくなったりする。


それに伴って、芸術家とかの地位も上がるといいな。


てことで、以前そんな感じの記事書いてるので、良かったら見てください!


参考記事:トヨタ"e-palette"は将来本気で買う。てか、住むわこんなの。


さて、そういった技術の発展が、近代の世界をどのように変化させるのか、ということを落合陽一さんは触れます。


近代において指向された同質的な消費活動の結果、日本人はもはや物質的には余ったような状態になってしまいました。


その結果、これからはよりパーソナライズされた消費性向になっていく、すなわち、マイノリティと呼ばれているような人たちがターゲットになっていくということです。


この言い方だと語弊があるかもしれませんね。


マイノリティがターゲットになるというのは、そもそも人の好みを細分化していくとかなり小さな集団に分けられるという考え方を前提としています。


ただ、マイノリティとダイバーシティのところのLGBTの取り扱いについて、たしかに言葉によって分節をすることによって差別が生まれたということと、結婚生活を男女が営むことが当然とされた結果、LGBTが生まれたってところ。ここにはちょっと疑問が生まれましたね。


恋愛について性別を考慮しないっていうのは、恋愛を生殖に紐付いた行為だと考えるならできない考え方じゃないかな、と。


僕の考えでは、恋愛は前提に生殖があるはずなんですよね。


人を均していくことに対する否定であげた事例の中では、異質かなと。


それは絶対に差が出てしまうものだと僕は思いますので。


まあ僕は別にLGBTに対して特に何の感情も抱かないです。そういう考え方の人がいるんだなって感じです。


その次に出てきた、自動運転が実は能動という考え方は素敵ですね。


これ、一瞬どういうことやろ、と思ったけど読んでわかりました。


ようは、運転を自分ですると運転のマニュアルにしたがった行動をするのに対し、自動運転なら移動の時間中にする行動を能動的に選択しなければならないということです。


僕もそう思います。ライフスタイル自体の創出に価値が出る、って考え方素敵です。


自動車会社もそうなっていくと思います。


僕はトヨタがe-palette出した時にすごい可能性を感じたんですが、落合陽一さんはトヨタのここまでのやり方にはやや否定的みたいです。


ライフスタイル全体をデザインするなら車以外のものも作れってことですね。トヨタフォンとか。


ただ、多様な生き方というのを考えるなら、トヨタフォンを出すのと、様々なスマホに対応できるようにしていくのとどっちがいいんでしょう。どっちもか。どっちもやった方がいいわ。


てことで、これからはどの企業もライフスタイルの提供っていう形になっていくと思いますね。ヤマダ電機も家具ブランド立てましたし。


そこでこれから日本に必要となっていくのは、東洋はカッコいい、というブランド化が重要になるのでは?という発想。


日本にはかなり長い歴史を持った文化があるんですよね。


その文化の中で醸造されていった、イケてるアートがあります。


これをうまく利用しない手はないですよね。だから日本でイケてる都市としてあげられるのは、東京よりも先に京都です。


日本は内容としては十分魅力のある場所なのです。


しかも、日本は通信がめっちゃ速い。かなりどこでも速い。


地方でも速い。これはかなり大きな魅力です。土地としての魅力が高い。


ということは、地方に分散がしやすいインフラはかなりできてるのでは?とも思いました。だから、あとはもっと移動手段が整えば良いんじゃないですかね。


その後、MRの話でウェアラブルデバイスが出てくるんですけど、ウェアラブルのカメラデバイスみたいなのが出るとスポーツ選手の目線から試合が観戦できるようになる、という話が出ました。


これは、観戦の質が上がるだけでなく、プレイヤーのプレイの質も上がるのではないでしょうか。


一流プレイヤーの目線を手に入れることによって、言語化できない感覚が共有できるようになる。


そうすれば、これまで以上にスポーツのレベルが上がり、また、そうしたデバイスを活用した新たなスポーツも生まれるでしょう。


DIGITAL NATUREの発展によって、視覚的、触覚的にバーチャルなものと現実のものの区別はつかなくなっていく。


で、同時に人間も機械化していく。銀河鉄道999も夢じゃない時代がくるんですかね。


変化が早いこの時代になじめないサービスがあったら、自分の感覚の遅れを疑った方がいいよん。まあでも取捨選択はしてね。ということを落合陽一さんがいっています。


ここから先は変化の流れがどんどん早くなっていきます。ということは、僕たちが受け入れられない!と思ってしまうようなサービスが流行る可能性もあるわけです。


この章を通していわれているのが最先端技術がこれから実生活にどういった影響を与えていくかということを専門家の視線から書いているので、夢が広がりまくりです。




4.日本再興のグランドデザイン


日本のかなりの強みとして、世界一の高齢社会であるということがあります。


これから高齢化していくであろう世界に対して先駆けて実験をすることができるということ。


少子高齢化を嘆くのではなく、その状況を活かす方法が無いのかどうか、という視点を持つことは大切になってきます。


まあ、技術によって仕事が減るならこれから人口は増える必要がないんですけどね。やることなくなっちゃいますし。


そしてそれに付随する話として出てきたのが、少子化が進めば子供に対する投資をもっと上げていこう!ってなるという話。


子供の人数が少ないからから子供を大切にしよう!ってなるって話なんですが、これは疑問が湧きます。


これが本当にあったら、今頃公園で子供たちが遊ぶことを禁止しているような所は減っているはずですが、むしろその数は増えています。


革命を起こすのではなく、小さな変化を増やしていく。アップデートをたくさんしていくって感じかな。


機械化が正義。


個人単位で見ると、人が減ることによる大きなメリットがある。まあ国としての力は弱くなるかもしれないけども。


ていうか知識人の人たちって結局国はなくならないっていう前提のもとにいるよね。やっぱり国の力がつよいからなのかな?って思います。


日本人はロボットが大好き。まあ、そうだよね。ドラえもんとかガンダムとか人気だもんね。


そしてこの章でかなり大きな議題になっているのがトークンエコノミーの普及による、非中央集権的な経済圏の創出。


研究者のトークンエコノミー化。これは面白い。


研究について伸び代のある人に期待が集まってより良い研究ができるね、って話です。


ただこれ、国側からしたら中央集権的にしたいはずで、大学は国が研究費を出してるがゆえに高額な設備を使えている面があると思うから、トークンエコノミー制にした時に大学から支給されてる以上の設備が用意できなければ結局大学に頼らざるを得なくなる、つまり、中央集権的なシステムに頼る必要が出てくるのでは?って思いました。


地方自治体のトークン化は面白いですね。そしたら自分たちのやりたい方面にもっと力を入れられると思うし。


トークンエコノミー=将来価値を現在価値に置き換える仕組み、っていう説明めっちゃわかりやすいですね。素敵。


そうなってくるとホワイトペーパー(=計画書)が重要になってきます。


例えば、沖縄をこれからこうするのでお金ください!みたいな感じですかね。


そうしたら僕ならワクワクするものに投資するかなって思うので、アイディアを出せる人と専門的な技術がある人が活躍するようになるのかな、と。


当たり前か。


地方も競争の時代になっていくんですね。地方の特色とかが出てくるようになったら楽しいですね。めっちゃ地方料理の発展をさせるとか!そういうの


世界がグローバルになった結果、小さな集団の価値が上がり、反対にこれまで支配的だった大きな集団、すなわち国家の支配力が落ちる、ということ。


国の役割も減っていくんじゃないですかね。


落合陽一さんの考えでは、夜警国家程度の役割になるそうです。福祉国家の考え方的にどうなの?って思うんですけど、それは個人間の格差が広がる中で貧困者の生活レベルがかなり下がってしまったからこそ出てきた考え方なので、ベーシックインカムによって補える問題ですね。


ただ、仮想通貨(トークンエコノミー)は投資対象としての成長スピードが早すぎて、実際の機能が追いついていないんですよね、現状。


投機対象になってしまったことによって、かえって不安定さがでてきてしまった。


トークンエコノミーの話が出ると、オールドエコノミー、すなわち法定通貨との戦いの話が必ず出ます。


これは絶対に戦わないといけないと思うんだけど、国家が仮想通貨を規制することはできるけど、反対はできないということからかなり勝つのが難しいのでは?と思います。


存在自体が法定通貨を脅かすものですからね。まあよく考えたら通貨の価値自体も仮想みたいなもんですけどね。


たかだか100兆円にも満たないもののためにこんなにガッチリ法規制かけるってちょっと変だなあ、と思いました。


さて、さっき日本文化はイケてるという話がありましたけど、アジアの中での文化の中心的な存在になっていきたいよね、って話があります。


そしたら今、職人とかアーティストの地位が低すぎると思います。後継がいない伝統芸能とか、多すぎますね。このままだとせっかくの価値が消えてしまいます。


日本は昔から天皇とか貴族とかの統治者に求められていたのは、舞や和歌などのアートの才(zae)だったわけだから、もともとは芸術の地位は高かったはずなんですよね。


言葉よりも感覚で支配した方が逆らえませんってことです。


ということでこの章では、日本のこれからについて、今ある日本の強みを生かしてどういった方針をとるべきなのか、ということを一貫して言っています。




5.政治(国防・外交・民主主義・リーダー)



国防強化の必要があります、という話から始まります。機械化自衛軍。


まあ結局国家が暴力を持たないといけないんですよね。それがないと侵略されちゃいますから。


同時に、他のものに暴力を認めさせちゃいけない、と国はしています。


そうすると国の存在自体に対して反対に動くようなものは規制され放題だし、それに対抗する手段を持たないよね。


だから仮想通貨も最近みたいな規制のされ方をしていくんですよね、と思ってます。


で、機械化自衛軍の話に戻るんですけど、これ、ロボット対ロボットの戦いになりません?


かっこいいですね。ガンダムみたい。


民主主義が現在問題になっているのは中央集権化によって市民が政治に参加している実感を持てないことです。


だから、落合陽一さんは、より小さな単位で政治をしていこう、と言います。ここまでも何度も言っていましたね。


リーダー2.0(新時代型のリーダー。一つだけものすごく尖った能力がある人のこと。他の能力はなくても良い。)はたしかに必要かもしれないんだけど、強い発明はかなりリーダー1.0的(一人で何でもできる人。)ではない?ジョブズとかまさにそうだと思うんですけども。


1人の人が色々な仕事を持つっていうのはいいんじゃないですかね。個人にはいろんな側面があるし。ダヴィンチとかがそうですよね。


てことで、この章は短くまとまってます。これまでとこれからの政治のあり方についてです。





6.教育


さて、いよいよ大詰め。教育についてです。


落合陽一さん含め、偉い人は結構みんな幼児教育は大切で、個性を伸ばした方がいいと言います。ラッセルとかもね。


これからの時代尖った人材の生まれる教育をすべきになってくるんですよね。


アートによる感覚を磨く作業が必ず必要になってきます。センスが大切になってくるのです。


それは僕も思います。だって均一な人間てつまんないですしね。


言語はツールでしかないのです。伝える媒介。内容から作る。これ、繰り返し言ってますね。


だからまずは母国語からやっていきましょうってことです。


タイムマネジメント社会においては、ストレスマネジメントが十分でない、というか軽視されてしまう、という話がされます。これも繰り返し言われてることですね。


駆け足ですが、この章は時代の変革は教育から始まるから、早く教育システムを変えていこう!ってことでした。


この章も短くまとまっています。まあ、大切なことは最初に言ったので、そこの焼き直しですね。




7.会社・仕事・コミュニティ


大切なのはストレスマネジメントと生産物で、使った時間ではありません。


いいこと言いますね。本当に。結果主義というやつです。


ワークライフバランスを重視して、労働時間の規制をするのは間違っている。本当にそれ。


労働時間だけで問題を解決しようとしている感が否めません。


ここまでの働き方だと年収重視な中で、人が移動しません。


移動先がないか、より低い待遇しか受けられなくなるから。多様な人間がいないとイノベーションは生まれませんから、このままだとイノベーションも起こりません。


じゃんじゃん人が回る社会にしていけるといいですね。


そうした方が今大企業で暇してるホワイトカラーおじさんもやること見つかるしね!


フランスのように完全にフィフティフィフティな男女平等を目指すのではなく、男女の差異を認めた上でその差異に合わせた適正な配分を事例ごとに考えよう!その方がフェアだよ!


今あることからやっていくことが大切なんです。その結果で人間性ができますから。


てことで、この章ではこれからの世界での働き方をまとめてくれています。





いや、本当に長くなっちゃいましたね。


落合陽一さんの『日本再興戦略』


マジで面白いんで、読んでみてください!




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