人の欲望について考えてみた

2018年03月16日

短時間睡眠を実践しようとしたら集中力がゲキ落ちくんしました。どうも、働きたくない東大生のトノイケです。


てことでまた何やら壮大なテーマです。人間の欲望ってやつですね。


僕はまあめっちゃ陰キャラなので人の内面とか考えるのが好きなんですよね。


ていうことで人って大体こんな感じだよなあ、っていうのを考えてまとめました。


心理学の本とかも読みたい派です。でもまあフロイトとかユングとかの本も読んでないしマズローの本とかも読んだわけじゃないので単純なオピニオンです。


てことで人ってこういう感じだよねっていう図がこちらです。


まあ図は例によって手書きです。図の作り方よくわかんねえんだもん。


図に書いてある通り、個人を構成する要素は大きく分けて3つ。


「内面」「外見」「所属」です。


これらの要素が相互に作用しあって人間はできています。この円をその時点での人間力といっていいと思います。


そしてこの人間力の発露としてある行為に至り、その結果をもとにフィードバックが行われてまた人間力が更新されます。


人間力のうち他者から見ただけでわかるのは所属と外見です。内面は行為によって表されるまでわかりません。


ここから先はある個人の視点をもって話を進めていきます。


欲望についての話です。


まず、欲望には内面から生まれるものと所属から生まれるものがあります。


内面から生まれるものは「食欲」「性欲」「睡眠欲」の3つです。三大欲求ってやつですね。これを本能とします。


そのほかの欲望は全て所属から生まれます。所属は環境や社会的地位と言い換えてもいいかもしれません。広くは承認欲求という形で表されているのではないでしょうか。


外見から生まれる欲望は存在しません。本能か所属から生まれる欲求の中に外見に関する欲求があるだけです。


本能の中で特異なものは性欲です。


というのも、性欲は自身のみで湧かせられる一方で、生殖には異性の存在が必要だからです。同性愛者についてはニッチなのでここでは無視しています。


そして相手が必要であるために、性欲には所属と外見が大きく関係しています。ということはここを満たすためには食と睡眠を満たす以上に高い人間力が要求されます。


性欲を満たすために所属・外見・内面を磨くといっても過言ではないです。


現代の日本では食欲を満たすことにも、睡眠欲を満たすことにも困らないですが、性欲を満たすことに困難が伴うのはこの特異性ゆえです。


これは文化という面もあるのかもしれませんが、性欲に関して所属による縛りがきつすぎるということも現代日本で性欲が満たされない原因の一つだと思います。


ちなみに所属については、所属している集団の中での目線と、所属している集団の外からの目線の二つについて分けて考える必要があります。


所属している集団の内部における所属と個人力については、以前にサークルというケースから考えていってるのでよければ参考にしてください。


参考記事:サークルという集団におけるヒエラルキーについて。


所属している集団の外からの所属についての目線は、相手がその人の所属先について持っている認識によって評価が決まります。


したがって、所属集団内部の事情を勘案されることは少ないです。


こう考えると集団外の人からはずっと違う集団の人として評価され続けるの?それは違くない?と感じると思います。


これについては知り合った時点でその人の知り合いか友人という集団に所属し、集団の内部の人間として見られます。


話が逸れてしまいました。







さて、次に社会的欲求について見ていきます。


社会的欲求の正体は簡単です。「人によく見られたい。」これだけ。


なぜこの欲求が生まれるかというと、所属集団の内部における自身の価値を上げようとするからです。本来はそれによって有利な立場に立つことができるといった類のものなんですけどね。


現代ではかえってその承認欲求を満たそうとするあまり嫌われたり、所属集団の中で不利な立場に追いやられてしまうという本末転倒な状態に陥ってしまうこともあります。


社会的欲求を満たすための行為には2つのポイントがあります。


  1. 体験の希少性が高いこと
  2. そもそも高く評価されていること


です。


1についてですが、そもそもその体験の機会自体がありふれている場合、他者から羨望を得ることができません。


行列ができる店にやたらと並ぶ人が多いのはこういった面もあります。


そして、2についてです。これも重要です。


体験の希少性は高くとも、その体験自体の評価がもともと高くない場合、かえって迫害を受けることになります。


例えば、「富士山に登頂すること」や「六本木ヒルズに住むこと」などは評価が高いものなので(アンチも湧くかもしれませんが)高く評価されやすく、承認欲求も満たされやすいです。


一方で、「昆虫を食べること」は体験の希少性としては高いのですが、これをやるとかえって迫害をされてしまう可能性も出てきます。






そして最後に本能的欲求と承認欲求との結びつきについて考えていきます。


まず、優先されているのはいうまでもなく本能的欲求です。そして承認欲求は本能的欲求の補助でしかありません。


つまり、本能的欲求を満たすという目的があって初めて承認欲求があると僕は考えます。


つまり、本能的欲求が全て満たされている、かつこれから先も満たされ続けると確信している人は承認欲求を感じない、と考えます。


承認欲求はすなわち所属集団での自身の価値の実感に他ならず、集団内での地位が高ければ本能的欲求を満たすことに繋がるため、人は承認欲求を満たそうとしているのです。


なぜこんな回りくどいことになっているかというと本能的欲求を忌避しようとする文化の存在のためだと考えています。


まあ現代で本能について困るのは性欲くらいなので、現代においては「セックスの忌避」ですね。


本来は食事なども集団で分け合うものであったため、現代より前の時代では食欲を満たすためにも集団内での地位を認められることは大切だったと考えられるので、承認欲求は時間を使って育まれてきたものであると考えられます。


さて、なぜ現代日本社会では承認欲求がかつてないほど高まっているのか。


それは、食欲と睡眠欲が十分に満たされてしまっているため、性欲以外に満たされていない本能的欲求がなく、かつ、性欲を満たす手段として最も効果的なアプローチが集団内での地位の向上にあるためです。


ちなみに性欲を満たすというのは男女によって基準が違います。


男性はより多くの女性とセックスすること。


そして女性はより強い男性とセックスをすることです。


その結果、女性は特にSNSなどによって自身の価値の高さを披露し、特に強い男性がその中から女性を選ぶ、という構造が出来上がっているのです。









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https://twitter.com/dontwannawork



参考記事:サークルという集団におけるヒエラルキーについて。


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