「幸せな家庭」という考え方はあまりにも難しいということ

2018年04月30日

北千住のシェアハウスによくわからない人と住んでいます。どうも、働きたくない東大生の外池です。


2018年4月、僕は親と絶縁状態になりました。着信拒否をし、引っ越しをしました。そして以前住んでいた部屋の鍵を兄経由で返還するに当たって、最後に両親への手紙を書こうと思い、書きました。今回は、そこを通じてわかった、子供を育てるに当たって、子供の側から知っていてもらいたいことについてです。




1つ目は、人間にはそれぞれ固有の価値観があり、親であっても子の価値観を傷つけてはいけないということを広く知ってもらいたいから。


2つ目は、愛情を言い訳にすれば何をやってもよいというわけではないことを広く知ってもらいたいから。


3つ目は、自分が今、どう考えて絶縁という選択を取ったのかを残しておきたかったから。


これを本当に読んでほしい人は、「うちは大丈夫かな。」「子供は本当に幸せだろうか。」と不安になってしまう人ではありません。もちろん、多くの親の方に読んでいただけたら幸いだと思いますけど、「本当に子供が幸せか。」と悩みながら子供に目を向け、話をする家庭はきっとそんなに心配いりません。


「うちは大丈夫だ。」「これだけやっているんだから幸せに決まっている。」そういうことを感じた方にこそ、読んでほしいです。そういった方は、「自分の理想とする人生」を子供にまっとうさせようとしているだけの可能性があります。


僕の家庭についてここで説明します。まず僕の家庭は、文句なしに裕福です。子供の教育費にお金を出し渋るようなことはなかったし、食事も十分に与えられていました。


その上で僕は海城中学・高校という名門の私立中高一貫校に通うことができ、その後1年浪人をさせてもらいました。


部活もテニス部というお金のかかる部活をすることができました。大学に入ってからも一人暮らしができ(一人暮らしの条件が東大入学だったので死ぬ気で勉強しました)、仕送りのお陰でバイトをする必要もなく遊んで行きていけました。


「なんと恵まれた家庭に生まれたことか」と呆れ、僕に対して怒りすら覚える人がいるかもしれません。たしかに僕は客観的に見た時にかなり恵まれています。


しかし、それでも僕は家にいる時に幸福感を感じることはほとんどありませんでした。それは先述した「価値観の否定」が行われ続ける家庭であったということに起因すると思います。


僕の家庭は父が単身赴任をしていました。母と兄と僕は東京に住んでおり、父の職場は茨城だったから、通うには遠かったのでしょう。


それに、週末は父も家にいることが多かったので、僕は「そういうもんかな」と思いながら生きていました。ほとんど週末しかいませんが、僕は父のことが好きでした。


しかし、母からしたらそのことが気に食わなかったのか、僕が幼い頃から母は精神的に不安定でした。子供が自分の思い通りに行動しないと、まず手が出てしまうタイプの人間だったのです。


加えて、僕の大切にしている漫画やゲーム、カードも何度も捨てられました。「僕がやりすぎているから」という理由の時が多かったです。


そういう家庭は多いのかもしれません。ごく普通の家庭かもしれません。それでも何度も捨てられていると、「この人はなんてひどい人なんだろう」と感じるようになりました。

そのため、日常的にいるわけではないけど、あまり殴ってこないし、僕の大切にしているものを捨てたりしない父に母以上になついていました。


しかし、母にとってはそれがますます腹立たしいことだったのだと思います。母はいつも電話口で父を攻撃していました。


僕が問題をよく起こす子供だったということもより一層問題を深刻にしました。僕が問題を起こした日があればそのことについて父の育児の姿勢を攻撃し、起こしていない日であればこれまでに起こした問題についてその原因は父にあると攻撃をする。

 よく聞こえていた言葉は「本当は男親が殴っておしまいなんだ。」「私ばかりしつけをしなくてはいけないから、私ばかり嫌われる。」という言葉でした。何度も何度もそういう攻撃をされた父も精神的に参っていたのだと思います。


電話越しに「今からぶち殴りにいってやるから。」ひどい時には「ぶち殺してやる。」というようなことを何度も言われた記憶があります。


そのたびに母は叫びながら父親に「最低だ。」と怒鳴りつけていました。


母もまた弱い人間だったのだと思います。祖母は母よりも叔母のことをかわいがっていましたから。母から聞いた話ですが、母が第一志望校に合格した時も祖母は「学費が高いわねえ。そんなとこ行かなくてもいいのに。」と言ったそうです。


きっと、母は祖母からの愛情に飢えていたんだと思います。だから子供の愛し方もきっとよくわかっていなかった。それでも勉強などで努力をし続けていました。


おそらくは親が肯定してくれなかったので、自分で自分のしていることを正しいと思い続けなければならないような人生を送ってきたのだと思います。自分が正しいと信じたことは疑わず、そしてその実行のためには努力を惜しまない人でした。


その人間性が、子育てでは裏目に出てしまったのだと思います。母は理想とする愛情表現の形を疑うことなく実行し続けました。子供を、より「良い」人間にすること。そのために子供の「間違い」を力ずくでも矯正すること。


そもそも世の中では善悪というものがすっぱりどちらかに決まっているようなことがらなんてほとんどないと思います。


しかし、私の家庭では母の判断で善悪が全て決まっていました。「母の考えは善。それにそぐわないものは悪。」という、非常にシンプルな考え方。それは中高生になってもしばらく続くものでした。


いつも離婚を口にする両親。「あんたたちがいなかったら離婚している。」「片親だとあんたたちがかわいそうだから。」と言い続けていました。


すみません、長すぎる不幸自慢みたいになってしまいました。家庭環境について書こうと思ったらドバーっとたくさん出てきてしまいました。

 

言いたかったことは

 「お金があっても幸福なわけではない」

 「自分の考える幸せが必ずしも人にとっても幸せとは限らない」

 「人を脅してはいけない」

 「人を殴ってはいけない」

 「人の大切にしているものを勝手に捨ててはいけない」

 「自分の注いだコストの分だけ必ず見返りがあるわけではない」


という、単体で見たらどれも当たり前のことのように思えます。しかし、子育てのことになると、それがなかなか当たり前ではなくなってしまうのです。「自分」の部分を「親」に、「人」の部分を「子供」に変えてみてください。


これはすべての子供を持つ親の方に知っていてほしいことです。特に「うちは大丈夫」と思った人、「我が子に色々手間をかけている」という人に知っていてほしいです。子供に対する愛情のあまり、子供を傷つけてしまう。そんな悲しいことが一件でも減ればいいと思って、これを書きました。


ここまで読んでくださってありがとうございます。付け加えておくと、僕は別に両親のことが嫌いなわけでも憎いわけでもなく、むしろ好きだし感謝もしています。


それでもただ一緒にいることに限界が来てしまった、ここから先の人生で関わっていく気力を失ったというだけです。


次に、具体的にでは親はどうしたら良いのか、について僕が思う接し方を書きます。


子供のことを真剣に見てください。こんなことを書くと「何を当たり前のことを」と怒る方もいるかもしれません。しかし、本当に子供のことをよく見ているでしょうか。


子供は、親が思う以上に雰囲気に敏感です。子供より敏感な人はなかなかいません。だから、親が「子供にやってほしい」と思うようなことは大体やるし、その時に「やりたい?」と聞くと、「やりたい!」と返ってくることも多いです。


そして、「親を喜ばせるために」頑張ってしまうことも多いです。


なのでむしろ、「親が見ていないところで何をしているか」をよく見てください。矛盾しているようですが、例えば家事の最中で忙しい時に何をしているか、自分の留守中に何をしているか。そういったことを見るのは困難だと思います。しかし、部屋に痕跡は残るものです。


例えば絵を描くのか好きな子供であれば、紙が減るのが早かったり、クレヨンや色鉛筆の減りが早かったりしますし、運動が好きな子であれば、靴や服がよく汚れています。


好きなおもちゃがある子供であれば、そのおもちゃは汚れているかもしれませんし、ゲームが好きな子であればゲーム機に指紋が多くついていたり、外にも持っていくから画面に細かな傷がついていたりもします。


本当に子供のことをよく見て下さい。


そしてもう一つ。「この子はこういう子だ。」という決めつけはできるだけ避けて下さい。


普通の対人関係ではみんなやることだと思います。「あの人はこういう人だから。」と。


たくさんの人に関わらねばならないため、それに基づいたスクリーニングは必要となります。しかし、自分の子供はあまりいません。当たり前のことですが。


親子関係は、多分あんまり断絶しないものだと思います。親にはある程度の年齢まで子供の面倒をみる義務もありますし。


一般の人間関係との差異はまさにこの部分です。「人間関係が続けていくこと」自体が当たり前になります。


そして、子供は生まれたばかりの時点では経済的にも社会的にも立場が弱いです。したがって、子供の側でも親の保護が必要となります。そうすると立場の上下ができます。


それゆえ、「自分のルールに相手を寄せていく」ことが親側の戦略としてとられやすいです。上下関係のある人間関係についてはその方が楽ですから。


ただ、そういった方向に舵をきってしまうと、子供は幸福感を感じられなくなってしまうので、いざ子供が上下関係から逃れた時にさっと離れていく可能性もありますから。


多分、幸せな家族関係というものを築くにあたって一番無視してしまうことは「子供も人間である」ということだと思います。多分、子供も親のことをあまり人間として見ないことから生じてしまうのかな、とは思うのですが。


ということで一旦このくらいにします。また追記していくと思います。最後まで読んでいただいてありがとうございます。


また、手紙の原文はnoteに公開しているので、よければ読んで下さい。500円ですけども。


https://note.mu/tonoike0604/n/n3d251fae0da7





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